千葉地方裁判所 昭和25年(行)24号 判決 1956年3月27日
原告 石毛重作
被告 八日市場市第二農業委員会
主文
別紙物件目録記載の不動産に対し、昭和二五年二月一八日椿海村農地委員会のなした買収計画は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、
一、別紙物件目録記載の不動産(以下本件農地と称す)は全部原告の父石毛重三郎が他から買受けたもので、昭和一〇年四月一八日同人の死亡により原告が家督相続し、その所有権を取得した。以来原告は在村自作地主として農業に従事し、村民税はもとより供出等も完納してきた。
二、然るに椿海村農地委員会は昭和二二年一二月三〇日原告を不在地主として本件農地につき買収計画の決議をしたので、原告は昭和二三年一月四日同委員会に対し在村地主たることを理由に異議申立をした結果、原告の主張が認められ同月一八日同委員会は右買収計画を取消し、本件農地が原告の保有地であることが確認された。
三、然るに、原告が在村地主であることに何の変動もないのに、同委員会は昭和二五年二月一八日再び本件農地につき買収計画の決議をした。よつて、原告は同年三月三日同委員会に異議申立書を提出したところ、県農地委員会に訴願を提起するよう指示されたので、同月一九日同委員会を経由して千葉県農地委員会に訴願を提起したが三ケ月を経過するも裁決がないから主文の如き裁判を求めるため本訴請求に及んだ。
と述べ、被告の主張に対し、
一、被告は昭和二五年二月一八日にした買収計画の議決は、それより前昭和二三年一月一八日議決した買収計画の取消が、椿海村農地委員会の錯誤に基くかしある行政処分であるからこれを再び取消したのである、と云うがかようなことは次の理由によりできない。即ち、
(1)、公の合議機関の議決は一たびその議決が確定した以上、一事不再議の原則により、特に権限ある機関から再議に付せられた場合の外は自発的にこれを取消すことはできない。農地調整法第一五条の二八には、再議に付することのできる事由と期間とを明定しており、本件農地については合議機関たる同委員会が県知事の再議請求を促すこともしないのだから自ら取消すことはできない。凡そ行政行為は公定力をもつて法律秩序を一定する力があるから、行政行為が一たび有効に行われた後、これを取消すことは軽々しく許さるべきではない。仮に許されるとしても既定の法律秩序を破壊するだけの正当の理由がなければならない。行政行為が錯誤に基いたかしある行政行為であつても、人民に義務を負わせ、負担を命じ、又は権利を制限し、もしくは停止するに止まるような自由才量による行為は取消すことができるかもしれないが、本件の場合のように人民の義務を免除し又は権利を設定する行為のような覊束行為の取消は、常に人民の既得の権利と利益を侵害することになるからこれを取消すには取消すことの公益上の必要が、原告がその取消によつて受ける不利益をも尚忍ばねばならない程度に重大である場合でなければならない。本件農地について原告が明かな在村地主であることからして、取消すべき公益上の必要性は全くないわけであり、それにも拘らず同委員会が職権によつて取消したのは違法である。判決はそれが一たび言渡された上は、違算書損その他これに類する明白な誤りがある場合の外は、その言渡をした裁判所が自らこれを取消したり変更したりすることはできない。即ち、判決はその裁判所に対して不可変更力を有するものである。これと同様に行政行為もその行為をした行政官庁に対して、不可変更力を有する場合が少くない。利害関係人の参加によつて行われる確認行為は、判決と同様の性質を有し、一般に取消し得ない行為であると言わなければならない。この見地よりすれば、本件の同委員会が原告の異議申立を取上げ、昭和二三年一月一八日買収計画を取消した議決は判決と同様最早取消し得ないものである。農地調整法第一五条の二八に知事が再議に付することができる期間を定めているのはその期間後は取消すことのできない法律上の根拠である。更に自作農創設特別措置法第四七条の二に行政庁の違法な処分の取消を求める期間を定めていることはその後に訴を提起することができずその取消もできないことの明かな法律的根拠である。
(2)、椿海村農地委員会が昭和二五年二月一八日なした農地買収計画の議決によつて、昭和二三年一月一八日の農地買収計画取消の議決を取消したことは既述であるが、仮に違法でないとしても、必ずしも常に取消の議決を更に取消すことができるとは限らない。即ち、訴願又は行政訴訟が許される場合は前にした取消処分を取消すことができるが、訴願又は行政訴訟が許されない場合は取消すことはできないと言わなければならない、同委員会は昭和二三年一月一八日にした取消処分を、再議にも付さず行政訴訟を提起する期間を遙かに過ぎた昭和二五年二月一八日に取消したが、それは取消すことができないものである。又一面二年間もその取消処分を是認していた公的法律秩序の点から言つても、取消し得ないと解することが公権力による行政行為の権威ある信頼をかち得ることになる。
二、原告は在村地主である。即ち、原告は農業をしていた前戸主重三郎の死亡により昭和一一年四月一八日その家督を相続し、爾来妻子、孫等と共に協力して農業を継続してきたものである。その間東京都豊島区千早町二丁目二番地に居住して東京都内の小学校教師をしていたことがあつたが、右場所に寄留もしていなければ、配給も受けてなく、そして選挙権もない。ただ東京へ行つたとき遅くなつた場合の宿泊場所であつたに過ぎず、生活の本拠ではない。原告の生活の本拠は椿海村であり、東京へは時折しか行かず、納税、選挙、供出、寄附等は全部椿海村における原告名義にてなし、世間の人も原告の住所が椿海村であることを客観的に認めている。日曜、祭日のみ農業をしている従農的立場でなく一家の中心となつて働いている主農的な立場である。要するに原告は公私一切の生活を農地の所在地である椿海村において営んでいるのであるから在村地主であり、又その所有面積は自作農創設特別措置法第三条第一項、第三号の面積の範囲内であるから当然保有し得るものである。
と述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、
一、椿海村農地委員会は昭和二十五年二月一八日、本件農地につき、原告が不在地主であり小作地であるから、自作農創設特別措置法第三条第一項第一号によつて買収計画を樹立して公告し、書類を縦覧に供したところ、原告から三月三日異議の申立があり、同委員会はこれを審議した結果認めるべきものがないから棄却したところ、更に同年三月一九日千葉県農地委員会に訴願したがこれも同年一〇月一八日棄却された。
二、右農地につき、椿海村農地委員会は一旦昭和二二年一二月三〇日、原告を不在地主であるとして買収計画を樹立したところ、所有者たる原告より異議申立があつて、同委員会は昭和二三年一月一八日右買収計画を取消したのであるが、この取消は原告の異議申立により同委員会が錯誤に陥つてなしたものである。そして同委員会が自らその錯誤を後に発見したから、改めて本件の買収計画を樹立したのである。同委員会が買収計画を取消したからと言つて、再び同一事由による買収をなし得る裁量権を喪うものではないから、本件買収計画に違法はない。なお、本件農地中別紙物件目録記載の(一)及び(二)の農地の小作者は林源一であり、(三)及び(四)の農地の小作者は佐瀬茂夫であり、その他の農地の小作者は戸村源蔵である。
三、原告は小学校の教員であつて、大正一四、五年頃より東京都内豊島区長崎尋常高等小学校に奉職し、爾来引続き都内にて教鞭をとり、又青山高等学校講師をしたりして、少くとも昭和一九年中から昭和二五年七月一八日までは、東京都豊島区千早町二丁目二番地の二に家屋を所有し住所を有していた。そしてその間は同所で生活物資の配給を受け、家屋税、住民税その他租税は同所において納付し、昭和二一年から同二四年までは同所の選挙人名簿に登載されている。従つて原告が本件買収計画樹立当時、不在村者であつたことは明白である。と述べ、更に、原告の主張に対し
本件農地の所有者たる原告は不在村地主であることによつて、自作農創設特別措置法第三条第一項第一号により当然右農地に対しては買収計画を樹てるべきである。先に買収計画を取消したことは法規違反であるからこれを取消して、同法第一条の定める目的を達成し公共の福祉を計らなければならない。この取消によつて原告の権利利益を侵害することはない。又この取消は利害干係者の参加によつてなすべき行為ではない。更に椿海村農地委員会はこの取消をした行政庁であるから、取消の取消をなす権限を有する。そして買収計画を取消したことにかしを発見したから自ら職権をもつて再びこれを取消したのである。農地調整法第一五条の二八に定めるところは都道府県知事が再議に付する場合、又取消を請求する場合の期間であり、本件の如き法規違反を発見して自らこれを取消す場合は法規上の制限はない。
原告は、椿海村農地委員会のなした最初の買収計画に対して原告から異議申立があり、同委員会はこの異議を容認して右買収計画決定を取消したのに、改めて買収計画を樹立したことは一事不再理の原則上できないと主張するが、市町村農地委員の樹立する買収計画は行政処分であるから、判決とは異り、右の原則の適用はない。違法不当なことを発見したときは特に禁止する明文のない限り先の決定を取消して更に適法正当な決定をなし得る。一度樹立した買収計画を行政庁が取消したからといつて、再び同じ処分をすることが常に違法であるとは言えない(最高裁判所昭和二六年(オ)第四三二号、昭和二八年三月三日第三小法廷判決)。
そして椿海村農地委員会が前記原告の異議申立を認容して最初の買収計画を取消したことは原告主張のとおりであるが、右は原告からその住所は椿海村春海一、二四九番地であるとの申立があつたのを信じて取消したのであつて、その後原告の住所は実は東京都豊島区千早町二丁目二番地にあり、従つて前記異議申立における原告の申立は虚構の事実であり、原告は不在村者であることが判然したため、改めて買収計画を樹立したのであるから、これに一事不再理の原則の適用の余地はなく本件買収計画は適法行為であつて何等違法はない。
と述べた。(立証省略)
理由
本件農地につき、椿海農地委員会は昭和二二年一二月三〇日買収計画をした。これに対し所有者たる原告から異議申立があつて、同委員会は昭和二三年一月一八日右買収計画を取消した。右の事実については当事者間に争いがない。
右取消決定により本件農地は買収しないことに確定したのである。
椿海村農地委員会は本件農地につき、昭和二五年二月一八日自創法三条一項一号による買収計画をした。その理由として被告は前の取消決定は、原告がその住所は椿海村春海一、二四九番地であるとの申立があつたのでそれを信じてなされたのであるが、その後原告の住所は実は東京都豊島区千早町二丁目二番地にあり、従つて異議申立における原告の申立は虚構であり、原告は不在村者であることが判然したため、村委員会は改めて買収計画を樹立したのである、従つて本件買収計画は適法である。と主張する。
被告の主張は、前になされた買収計画の取消決定を、後の買収計画によつて適法に取消したとの主張を含むものと考えられる。
取消決定は行政処分である。相手方に有利な処分は処分と同時に確定する。一旦なされて確定した行政処分は処分庁において自由に取消すことができるか。行政処分は判決、裁決を経たものも、それらを経ないものも、一旦確定した後は行政庁によつて自由に取消すことは許されない。その処分に無効原因があるとき、または民訴四二〇条の再審事由があるときに限つて処分庁の取消が許されると解されているしかるに訴訟当事者の一方の詐欺行為によつて裁判所が判決をした場合に、再審を許すという規定はない。
本件にあつて、被告は無効原因も、また再審事由も主張するのではないのであるから、前になした取消決定の取消を正当とする原因の主張がないことになる。
被告は異議申立人の申述べた事実が虚構であつたとしているが、これは詐欺行為によつて前の取消決定を詐取されたとの主張のように考えられる。
若しも民訴四二〇条一項の再審事由のなかに、右のような事由が含まれているとしても、その詐欺行為については、それが取消の原因になるためには有罪の判決が確定することを要することは同条二項によつて明かであるしかるに、本件については右のような主張はないのである。
前になされた取消決定を取消すべき適法な原因を欠いてなされた本件買収計画は前になされた決定の拘束力を無視したものであつて取消原因としてのかしを持つている。
被告は昭和二八年三月三日第三小法廷判決をその利益に援用しているが、右援用の事件は一定の条件のもとに取消決定がなされたのであつて、本件において参照すべき事件ではないのである。
よつて民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する
(裁判官 高根義三郎 山崎宏八 浜田正義)
(目録省略)